住吉大社に願掛け

堺に引っ越してから、自転車で行ける距離になった住吉大社

ちょっとした願掛けをしに、神頼みで朝から自転車にのってお参りににいってきた。

神様が祀られている場所って、シンとして外の世界とはくっきり区切られていて。

寒い時期の神聖な場所は特に、背筋を伸ばしてきちんとした自分でいなければ、みたいな良い気持ちになる。

DIYお守り

もちろん神様にお参りもしたんだけれど、せっかくだしとお守りを持って帰ろうとなった。

そこで面白かったのが、自分で作るお守り。

「五」「大」「力」と書かれた石ころが、普通の石ころと混じって転がっていて。

その中から文字の書かれたものだけを探しだす、それを巾着に入れてお守りにする。

願い事がかなったら、感謝を込めて文字の入っていない石ころを3つ返しにまたここに訪れてください。とのこと。


思い出と一緒になる

こうゆうDIYなお守りに出会ったのは初めてで、おもしろいなーとおもってやってみたけれど。

でもあちこち二人で石を探しながら「あ、ここにあったあった!」とかいいながら見つけた石ころは

普通にお金で買うものよりも思い出に残っている。

「全然見つからなかった」とか「となりの子供に先にとられた!」とか。

体を動かして作ったものには、どうも愛着がわいてしまって。

うん、願いが叶ったらお礼にまた来よう。石探さなきゃ、めんどくさいけど仕方ないなー、でも願い

叶えてもらったなら仕方ないよなーと思ってしまった。

めんどくさいこと、結構楽しんでいたりする。非合理的、、

この橋がおっきくて、急すぎて、登るのが怖かったけれど

おばあちゃんおじいちゃんがスイスイ通ってて驚く、、


足元を見ると、石ころがあちこちに挟まっててリズムを生んでる

このランダムなようで均等にみえるバランスとリズムが

楽譜とか音符のコンポジションに見えてきて、じっと眺めてしまった。

ランダムってランダムじゃない気がする。

urushi-note

あちこちに散らばってしまうモヤモヤや、ふむふむを ランダムに残していく公開メモ 全く明日から使えない非合理主義

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