傾向と対策がつまらない違和感


この言葉がTwitterで流れてきて、ちょっとドキリとしました。

傾向と対策、つまらない、って言われれば、そうかもなって引っかかるものがあったからでした


この人はこうゆう傾向があるから、こう対応しておこう、とか。

このテストはこうゆう傾向があるから、こんな対策が必要とか。


ただ西村さんの言葉からは、

そうなんだ。でも、ほんとにそれでいいんだっけ?

と言われている気がしてどきりとしてたのでした。


「現状容認」ってそもそもどんな意味?

ちゃんと調べたことがなかったのですが

容認=(本来は認められないことを)よいと認めて許すこと。

本来は認められてないこと、を、認めちゃうんですね

てことは、「良い」って思ってないけど、良いことにしちゃう。

それでいいです、はい。と自分をそっちに合わせる。


傾向と対策ばかりをいくつも追いかけることに、ワクワクした気持ちがないのは

そこに主体性がないから、それでいいですって言ってしまうからなのでしょうか


プロセスを大事にしすぎたり、きっちりやろう、スムーズにやろうと思うよりも

「ほんとに?」って、くねくねと寄り道をするほうが、つまらない目的地にはいかないのかも

「あーつまらないなぁ」ってわかることが、始まりなのかもしれません。

urushi-note

あちこちに散らばってしまうモヤモヤや、ふむふむを ランダムに残していく公開メモ 全く明日から使えない非合理主義

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